自分と向き合う

水上恒司さんが経験した「人間関係」と「新しい世界」

学生生活での人間関係や、環境の変化によるこころの動きを見つめてみよう

Interview
こころのこと

公開日:2025年2月3日

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Profile
俳優 水上 恒司
みずかみ・こうし 1999年生まれ、福岡県出身。2018年、オーディションを経てテレビドラマで俳優デビュー。NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』など、多くのドラマや映画で活躍し、注目を集める。2023年に主演を務めた映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で第47回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。

俳優の水上恒司さんは高校時代、強豪校で甲子園出場を目指して野球に打ち込んでいました。野球部引退後には演劇に挑戦。その後、芸能界に飛び込みました。大きな環境の変化を経験するとともに、様々な人間関係の中で成長してきた水上さん。ユースのみなさんが自分と向き合うきっかけになればと、体験談を話してくれました。

野球に捧げた高校生活、出られなかった甲子園

――デビュー前、高校時代は野球の強豪校に通っていたそうですね。どんな高校生活でしたか。

ほぼ年中無休で、ゴールデンウィークとお盆、年末年始しか休みがなかったです。甲子園を目指していたので、そのためだけに捧げているような生活でした。朝練があって、7時に点呼があるのですが僕はその1時間半くらい前に起きて練習をしていました。雨が降ろうと雪が降ろうと練習があって。屋内練習場もあったので、やりが降ろうと剣が降ろうと(笑)、必ず練習がありました。

――寮生活のうえ副キャプテンも務められていたとのことですが、集団生活や人間関係などで悩んだり気をつけていたりしたことはありますか。

寮での集団生活ですから、自分が使えるスペースがすごく狭いんです。副キャプテンもしていたので、共有スペースをきれいに使うようにみんなに呼びかけたり、規律を守るように指導したりすることに奮闘していました。

年功序列みたいなものがやっぱりどこかにあって、時には理不尽なことを言われたり、意味のわからないことを言われたりして、悔しい思いもしてきました。チームメートの中には、そういうのをなるべくなくそうよっていう考え方の同級生もいました。でも、僕としては、先輩を敬うというか、正しい意味での上下関係っていうのは必要だなと思っていたんです。だから、3人いる副キャプテンのうち、僕は厳しめにする、他の2人は後輩に共感してフォローする、というような役割分担をしていましたね。

僕は高校生の段階で、自分の野球のレベルの天井が見えてしまったんです。プロは無理だな、と。だから、野球の技術ではない面、生活面を大切にするような副キャプテンになろうと思って行動していました。あいさつだったり、礼儀だったり、道具を大切にすること、相手を思いやる気持ちを持つこと、時間を守ることなど……。

僕は「手を抜く」ということができない性格で、もしかしたら「柔軟性がない」と感じる人もいたかもしれないけれど、野球部の当時の監督はそんなところを買ってくれていたようで、「あいつは真面目だから副キャプテンをやらせたんだ」とおっしゃってくれているみたいです。

野球に打ち込んでいた高校時代(水上さん提供)

人間関係をきちんと気をつけるようになったのは社会に出てからです。高校時代は真面目すぎるあまり、僕の価値観を周りに押しつけてしまった部分もあったかもしれません。

――目指していた甲子園への出場もかなわず、レギュラーにもなれなかったそうですが、ずっと打ち込んできた野球でそのような現実を受け止めるのは、つらかったのではないでしょうか。

どうなんでしょうね……。僕って中3で身長が178センチあったわけです。まだまだ発展途上の子がいっぱいいる中でちょっと大きかったものですから、それである程度の結果が残せていたんですね。高校に入って、化け物みたいな(才能がある)選手や、自分よりもはるかに技術を持っている選手がプロや大学野球に進めないような現実を目の当たりにして、その段階で見切りをつけました。

僕は練習も学校生活も中途半端にやるということができず、やるべきことは絶対にやっていた自信はあったので、(甲子園を目指す県大会の準々決勝で)負けた瞬間の後悔や涙はなかったです。

演劇に初挑戦 野球部時代の経験が生きた

――野球部を引退後、演劇部に。全く違う分野に感じますが、挑戦するきっかけは何だったのでしょうか。

演劇部の顧問の先生から担任の先生を通してオファーが来ました。僕は野球の特待生として入学していて、学校に対してかなり成長させてもらったなと恩を感じていたわけです。本当は野球で恩返ししたかったのですが、それができなかったので、少しでも学校のためになればという思いがありました。

それに、小学2年から高校3年まで11年間、野球しかやってこなかったというコンプレックスがあったので、少しでも色々な世界を見ておきたい、将来何で食べていくのかはわからないけれど、社会に出たときに少しでも役に立つかもしれないとも思いました。好奇心もありましたね。それで、「ああ、いいっすよ」って、軽い返事で引き受けました。

――演劇に挑戦してみて、考え方の変化などはありましたか。

演劇部の部員たちは、見ている世界も価値観も野球部員とは全く違って新鮮でした。でも、みんなで同じ方向を向いて、集団の中で自分の役割を果たしていくのは同じですので、そういう部分は野球部で培った経験が役に立ったと思います。

演劇部に入ってから、野球部の後輩たちの間で「水上さん、優しくなった」ってうわさが流れたみたいで……。ある意味、副キャプテンとして厳しい役を演じていた部分があったので、そのときになって申し訳なかったな……って思いました。

予期せぬことが起きるのは当たり前 毎日ドキドキしていた

――その後オーディションでテレビドラマのヒロインの相手役に抜てきされましたね。生活環境が大きく変わったかと思いますが、戸惑いはありましたか。

初めての経験ばかりで、ひたすら順応するしかないという感じでした。今の僕だったら「それは善だ、悪だ」と判別はつきますけれど、当時はそういう判断基準もなく、ただ毎日が新鮮で、ドキドキしていましたね。

――ユース世代は就職や進学で生活環境や人間関係が大きく変わることが多いかと思いますが、アドバイスがあればお願いします。

正直、僕自身も自分のケアを正しくできているかというと自信はないのですが……「自分にとって予期せぬことが起きるのは当たり前」ということをわかっていればいいのかなと。

ネットで検索して簡単に情報を得られる時代だからこそ、全てわかった気にならずにいてほしいです。「なぜ今緊張して不安に感じるんだろう」という気持ちを大切に。動揺したり不安になったりするのは当たり前なんです。知らない世界に入るわけですから。

僕の仕事で言うと、ドラマなどでは朝から晩まで同じメンバーと会って仕事するという繰り返しですが、ひとつの作品が終わったら、同じ役、同じ台詞はありません。毎日ドキドキしていますし、ストレスはあります。自分で自分に対してストレスというか、自分の中で「このくらいやりたい、できるようになりたい」という負荷はかなりかけているほうかなと思います。

僕が素晴らしいなと思っている先輩方の話を聞いていると、いろんな苦労をされていて、悩んで、いろんな経験をされているからこそ今の輝きがあって。みんながそれをやれるわけではないですし、やればいいとは思いませんが、先輩方を見ていると、僕自身はこの生き方でいいんだなと思えます。

――いろいろな人の考えに触れるという点では、読書もお好きだそうですね。

はい。僕は読書が一番コスパのいい自己投資だと思っています。読書が一番僕の助けになっている気がしますね。移動時間とか、メイクしてもらっている間とか、撮影の合間に読んでいます。この間も3カ月ほどの現場で、4、5冊は読みました。宮崎駿さんのエッセーが好きですし、江戸川乱歩とか、小説もよく読みます。

――自分で自分に負荷をかけるなど、とても強いなという印象を抱いたのですが、落ち込むことはありますか。

ありますよ! 毎日落ち込んでます。「こういうふうにこのシーンを演じたい、こういう作品にしたい」という理想があるからこそ、そこに到達できない自分の技術の乏しさを含め、人生経験の浅さを含め……毎日「はぁー(ため息)」って言ってます。

――みんながみんな、いつでも頑張れるわけではないですし、ときには疲れてしまうこともあると思いますが、そんなユースへのアドバイスをお願いします。

そういうときは頑張る必要ないんじゃないかなと思います。

本当に頑張れないときはあったかいもん食って、あったかい風呂入って寝ればいいんですよ、と僕は思います。きれいな景色見て散歩して、好きな人と会って好きなことやってほしいですよね。そうしたらまたきっと、頑張れるんじゃないかと思います。

Message

みんなへのメッセージ

ネットで何でも事前にわかる現代だからこそ、自分の肌感覚で「なぜいまドキドキするんだろう」とか「なぜ怖いんだろう」「なぜワクワクするんだろう」という、自分のこころの動きをしっかり見つめて、味わえる人間になってください。